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浦和地方裁判所 平成11年(ワ)173号 判決 2000年10月31日

原告

有信通商株式会社

右代表者代表取締役

永倉信雄

右訴訟代理人弁護士

阿部正博

被告

田中篤伸

右訴訟代理人弁護士

難波幸一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、一八四八万五三二一円及びこれに対する平成一一年二月一〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、主位的には、矢野孝夫から矢野の所有に係る第三者に賃貸中の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)について譲渡担保権の設定を受けたことによって、予備的には、矢野から債権譲渡を受けたことによって、それぞれ本件建物の賃借人に対する賃料債権を取得したと主張して、その一部の賃借人である被告に対し、原告が取得したという当該部分の賃料の支払を求めている事案である。

二  前提となる事実

以下の各事実は、当事者間に争いがないか、あるいは、弁論の全趣旨によりこれを認定することができ、この認定を妨げる証拠はない。

1  矢野と被告との間の賃貸借契約

矢野は、本件建物を所有していたところ、本件建物のうち、以下の賃貸部分を以下の契約日に以下の賃料(月額)で被告に賃貸していた。

(一) 賃貸部分 一階一〇二号室(約46.9平方メートル)

契約日 平成三年一月二〇日

賃料 一四万円

(二) 賃貸部分 一階一〇三号室(約46.9平方メートル)

契約日 平成二年一二月二四日

賃料 一四万円

(三) 賃貸部分 二階二〇二号室(約39.6平方メートル)

契約日 平成二年一二月二四日

賃料 六万五〇〇〇円

2  矢野と原告との間の譲渡担保契約

原告は、平成二年一〇月一日、矢野との間で、矢野に対する債権を担保する目的で本件建物の所有権の移転を受ける旨の譲渡担保契約(以下「本件譲渡担保契約」という。)を締結し、平成三年二月六日、当該譲渡担保を原因とする浦和地方法務局上尾出張所受付第三〇八四号所有権移転登記を経由していた。ただし、平成一〇年八月一九日、本件建物の競売手続において、第三者がこれを買い受けるに至ったため、原告の譲渡担保権は消滅した。

3  本訴請求に係る賃料債権

原告の本訴請求は、原告が本件建物に譲渡担保権の設定を受けた日の後である平成六年三月一日から当該譲渡担保権が消滅した日の前日である平成一〇年八月一八日までの間の本件建物の前記賃貸部分の賃料債権(以下「本件賃料債権」という。)であって、その額は、計算上、合計一八四八万五三二一円となる。なお、被告は、後記の相殺をもって本件賃料債権の消滅を主張しているが、相殺とは別に、当該賃料を矢野に実際に弁済したことによる本件賃料債権の消滅は主張していない。

三  本件訴訟の争点

1  第一の争点は、主位的請求に係る本件建物の譲渡担保権に基づいて本件賃料債権を原告が取得しているか否かであるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、次のとおりである。

(原告)

(一) 賃貸中の建物について譲渡担保権が設定されたときは、当該建物の所有権が譲渡担保権者に移転するのに伴い、賃貸人の地位も譲渡担保権者に移転するものであって、賃貸人の地位の移転は、当該建物の所有権移転登記をもって対抗し得るものであるから、本件賃料債権も、本件譲渡担保契約に伴い、矢野から原告に移転し、本件譲渡担保契約を原因とする所有権移転登記を経由したことによって、これを被告に対抗することができる。

(二) 仮に譲渡担保権の効力を担保機能に限定するとしても、抵当権に基づく物上代位権の行使として賃料債権の取得を認めるのが判例であるから、譲渡担保権に基づく物上代位権の行使として本件賃料債権を取得し得るところ、原告は、物上代位権の行使としての本件賃料債権の差押えを申請したが、申請を却下されたため、その代わりに、矢野に対する債務名義に基づき本件賃料債権の差押えをしているから、この点においても、本件賃料債権は原告が取得しているものというべきである。

(被告)

原告は、本件建物の譲渡担保権者にすぎず、譲渡担保権の実行によって本件建物の所有権を確定的に取得した場合はともかく、その実行に至らなかった本件においては、原告は、譲渡担保権者として、当然に本件建物の使用収益権能を取得するわけではなく、本件賃料債権も取得していない。

2  第二の争点は、予備的請求に係る債権譲渡によって本件賃料債権を原告が取得しているか否か、取得しているとして、その対抗関係であるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、次のとおりである。

(原告)

仮に本件建物の譲渡担保権に基づく本件賃料債権の取得が認められないとしても、原告は、平成二年一〇月一日、矢野から本件建物の所有権とともに、賃貸人の地位を譲り受け、矢野は、平成三年三月一四日付け普通郵便(甲二の1及び2)で被告に通知し、その通知は同月一五日ころ被告に到達しているから、原告は、本件賃料債権の取得を被告に対抗することができる。

(被告)

被告が矢野から原告主張の普通郵便を受領した事実はなく、原告が証拠として提出する当該郵便の写し(前記甲二の1及び2)も、投函前のものであって、これが現に投函された事実を証明するものではない。

3  第三の争点は、いずれにしても本件賃料債権を原告が取得していると認められる場合に、被告の矢野に対する反対債権による相殺の当否であるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、次のとおりである。

(被告)

(一) 反対債権の存在

被告は、矢野に対し、平成二年一二月二六日に三三二一万円、同月二八日に五〇〇万円、以上合計三八二一万円をいずれも利息・年一五パーセント、弁済期・平成三年二月二八日、遅延損害金・年一五パーセントと定めて貸し渡したことによる貸金債権(以下「本件貸金債権」という。)を有していた。

(二) 相殺契約による相殺

被告は、平成二年一二月二六日、矢野との間で、矢野が本件貸金債権の弁済期を徒過したときは、本件建物の賃料をもって当然に本件貸金債権の返済に充てる旨の相殺契約を締結していた。

(三) 相殺権の行使による相殺

仮に相殺契約による相殺が認められない場合にも、被告は、平成一二年六月一三日の本件第一三回口頭弁論期日に、本件貸金債権を自働債権とし、本件賃料債権を受働債権として相殺する旨の意思表示をした。

(四) 原告は、被告の矢野に対する反対債権の商事消滅時効を主張するが、矢野は、商人ではないから、本件貸金債権が五年の商事消滅時効にかかることはなく、消滅時効は完成していないが、仮に消滅時効が完成していたとしても、自働債権としては、これを相殺の用に供し得るものである。

(五) 原告は、本件貸金債権による相殺が認められるのは、消滅時効が完成した時点において、賃料の支払期が到来した本件賃料に限定されるとも主張するが、債権譲渡の後に弁済期が到来する債権であっても、それ以前に相殺の期待が可能であれば、相殺権の行使が認められるというのが判例であるから、原告の主張は失当である。

(六) したがって、いずれにしても本件賃料債権は消滅している。

(原告)

(一) 被告は、本件貸金債権による相殺を主張するが、矢野は、平成二年一二月二六日ないし同月二八日当時、アパート経営・貸ビル業を営む商人であったところ、被告の本件貸金債権は、矢野の当該商事の用に供する資金の借入れという商行為によるものであったから、本件貸金債権は、本件消費貸借契約から五年の経過によって商事消滅時効が完成しているので、原告は、その消滅時効を援用する。

(二) 仮に消滅時効が完成している債権も、なお相殺の自働債権に供し得るとしても、相殺適状にあったことを要件とするところ、本件賃料債権は、その支払期が到来する以前には、相殺適状にないから、本件賃料債権のうち、相殺が認められるのは、本件貸金債権の消滅時効が完成するまでの間に支払期が到来して相殺適状を生じていた賃料債権に限定されるべきものであって、本件貸金債権の消滅時効が完成した時点において相殺適状を生じていたのは、いずれも平成六年三月一日から平成八年二月二八日までに発生していた賃料合計八二八万円にとどまる。

第三  当裁判所の判断

一 主位的請求の当否

1 原告は、主位的請求の原因として、第一に、本件譲渡担保契約に伴い、本件賃料債権を取得したと主張するが、譲渡担保権は、譲渡担保権者に目的物の使用収益を委ねる場合は格別、その使用収益が譲渡担保権設定者にとどめられている場合には、当該目的物が譲渡担保権の設定当時第三者に賃貸中であったとしても、その後も、譲渡担保権設定者において、第三者に賃貸し続けて目的物を使用収益し得るものと解されるのであって、譲渡担保権の設定によって、目的物の使用収益を譲渡担保権設定者にとどめる形態であったにもかかわらず、譲渡担保契約の締結によって、直ちに譲渡担保権者が賃料債権を取得することになるという原告の主張は採用し得ない。

2 原告は、第二に、抵当権に基づく物上代位権の行使として抵当不動産の賃料債権の取得が認められていることから、譲渡担保権についても、物上代位権の行使として賃料債権の取得が認められるべきところ、現在の執行実務では、譲渡担保権に基づく差押えが認められていないことから、原告は、矢野に対する債務名義に基づき、被告に対する賃料債権を差し押さえているので、これによって、本件賃料債権は原告が取得したことになる旨主張するが、抵当権に基づく物上代位権の行使として抵当不動産の賃料債権の取得が認められていること(最高裁平成元年一〇月二七日第二小法廷判決・民集四三巻九号一〇七〇頁、最高裁平成一〇年一月三〇日民集五二巻一号一頁参照)、また、原告の主張とは異なり、現在では、譲渡担保権に基づく物上代位権の行使として目的物の交換価値の変形物に対する差押えが認められる場合もあること(最高裁平成一一年五月一七日第二小法廷決定・民集五三巻五号八六三頁参照)は否定し得ない。しかし、譲渡担保権の目的物の果実についてまで直ちに物上代位権の行使が可能であるか否かについては、特に目的物の使用収益を譲渡担保権設定者にとどめる形態の譲渡担保権においては、慎重に検討されるべき問題であって、譲渡担保権設定者が目的物を使用収益し得る場合の対価である賃料について譲渡担保権者による物上代位権の行使を認めることは、当該譲渡担保権の形態に矛盾するものといわなければならないばかりでなく、そのような場合には、目的物の使用収益を譲渡担保権設定者から奪い、譲渡担保権者に委ねる形態の譲渡担保権を設定することも可能なのであるから、仮に譲渡担保権に基づく物上代位権の行使として目的物の賃料債権の取得が一般的に認められるとしても、目的物の使用収益を譲渡担保権設定者にとどめる譲渡担保権においては、その契約締結に際して、譲渡担保権者において、譲渡担保権設定者の目的物の使用収益の対価については、物上代位権を行使しない旨あるいはこれを放棄する旨の了解があると解するのが相当であって、その対価である賃料についても物上代位権を行使する余地はなく、原告の右主張も、これを採用することができない。

3 したがって、原告が本件譲渡担保契約に伴う本件賃料債権の取得を原因として被告に対してその支払を求める主位的請求は、理由がない。

二  予備的請求の当否

1  原告は、予備的請求の原因として、債権譲渡による本件賃料債権の取得を主張するが、仮に矢野と原告との間に被告を債務者とする本件賃料債権の譲渡契約が締結されていたとしても、これを債務者である被告に対抗するためには、矢野が被告に対して債権譲渡の通知をしていることが必要となるところ、原告は、矢野と原告とが連名の普通郵便をもって当該通知をしたと主張し、その主張に沿う証拠として、矢野が被告に当該郵便を差し出す前に複写したという普通郵便の写し(甲二の1及び2)を提出する。

2  そこで、右普通郵便の写しによって本件賃料債権の譲渡通知があったと認めることができるか否か、その証拠力について検討すると、原告代表者の供述(甲九の陳述書を含む。)によれば、矢野は、被告に対する譲渡通知のほか、被告以外の本件建物の賃借人に対しても、右と同様の普通郵便(甲一一の1及び2、一三の1及び2、一五の1及び2、一七の1及び2)をもって、債権譲渡の通知をしているところ、原告は、被告以外の賃借人からは、当該通知後、賃料の支払を受けているから、右普通郵便による譲渡通知が被告以外の賃借人に到達していたことは間違いがなく、したがって、被告に対しても当該郵便が到達していることは明らかであるというのである。

しかしながら、被告以外の賃借人に対して郵送されたという右普通郵便も、写しでしかないところ、原告代表者の供述するように、当該郵便が現に投函されて被告以外の賃借人が原告に対する債権譲渡を認めて賃料を原告に支払うようになったというのであれば、右と同様に投函した郵便を受領しているはずの被告が賃料を支払ってことないことにつき、原告としては、被告に対し、他の賃借人と同様に原告に賃料を支払うよう催告し、被告がこれを拒絶した場合には、さらに、その理由を問い質すなどして賃料の支払を要求するのが普通であると解される。しかるところ、原告代表者の供述によれば、原告は、被告の長男に賃料の支払を催告したというのであるが、不確かというほかなく、右供述に証拠(甲五の1及び2)を加えれば、原告は、矢野と連名の右普通郵便を投函する前に、本件建物の所有権の取得に伴う賃貸人の地位の承継を被告に通知しているというのであるから、尚更、右の措置を講じ、被告の対応いかんによっては、本件賃料債権の支払を求める訴訟の提起も考慮されてよい場面である。原告代表者の供述によれば、この点につき、原告は、本件訴訟に先だって、被告を含む本件建物の賃借人に賃料の支払を求める前件訴訟を提起していることが認められるが、その原因としては、前説示した本件建物について譲渡担保権の設定を受けたことに伴う賃料債権の取得を主張するにとどまり(乙七)、債権譲渡による賃料債権の取得を主張していないのである。前件訴訟は、その後、取り下げられるに至っているが(乙一一)、その取下げの要否を検討する際には、右普通郵便による債権譲渡の通知の有無も考慮されているのが当然であるといえるのに、原告代表者の供述を忖度しても、そのような考慮もないままに前件訴訟が取り下げられていると認められることに鑑みると、原告主張の右普通郵便による債権譲渡の通知があったということには少なからず疑問を挟まざるを得ない。これに加えて、被告は、記録上明らかなとおり、本件訴訟において、当初から矢野に対する反対債権との相殺契約を理由とする本件賃料債権の消滅を主張していること、そして、被告の供述調書等(乙三)によると、その相殺契約は、本件貸金債権の返済を受けられない場合には、本件建物の賃料をもってその返済に充てる旨の念書(乙二)に基づくものであって、被告が本件建物の賃借部分を賃借するに至ったのも、当該賃借部分を使用する必要があったという一面もさることながら、本件貸金債権のいわば担保として賃借することになったという一面が強かったと認められることに鑑みると、矢野の被告に対する賃料債権の譲渡通知を前提に、被告が原告から賃料の支払を催告されたとすれば、右の相殺契約の効力はともかく、少なくとも被告の主張としては、当該相殺契約を理由に、原告に対する賃料の支払を拒絶するのがごく普通の成行きであるから、被告主張の相殺契約の内容について原告との間で議論が交わされていて不自然でないのに、そのような議論が原・被告間で交わされた形跡も窺われない。

矢野が被告以外の本件建物の賃借人に対して普通郵便をもって債権譲渡を通知し、その通知の到達に問題がなかったと仮定しても、被告に対する関係では、右普通郵便による譲渡通知があったと認めるには、右説示したとおりの疑問を拭うことができないところ、さらに、被告が原告の請求に対して賃料の支払を拒絶し続けるのであれば、後日の訴訟を想定して、その確実な証拠を残すため、矢野に対し、配達証明付きの内容証明郵便をもって被告に対する債権譲渡の通知をするよう要請してもおかしくなく、右普通郵便の写しを残しておく配慮をしているほどの原告であれば、むしろ、その要請をして当然であって、原告の要請があれば、矢野が応じるのに支障もなく、配達証明付きの内容証明郵便で本件賃料債権の譲渡通知をするのは、いとも容易なことであったと窺われること、右普通郵便の写しは、投函前に複写したという性質上、原本が存在し得ないものであるが、そのことは、反面、原本の存在しない複写の作成も可能であることを意味するのであって、その形式的証拠力を直ちに肯定し難いことなどを併せ考えると、本件訴訟において、原告提出の右普通郵便の写しをもってしては、原告主張の矢野の被告に対する債権譲渡の通知を認めるのに十分ではないというほかなく、他に矢野から被告に対する債権譲渡の通知を認めるに足りる確たる証拠はない。

3  右説示したところによれば、原告の予備的請求は、原告が本件賃料債権の譲渡を受けていたとしても、これを被告に対抗する前提を欠くので、被告主張の反対債権の有無及びこれによる相殺の当否について判断するまでもなく、理由のないことが明らかである。

三  よって、本訴請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官・滝澤孝臣)

別紙物件目録<省略>

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